Madison's BLOG

ビーチクルーザーで通勤&カスタムライフ☆

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
まさか、これほどまでにヒドイものになるとは・・・。

左の自己紹介にある通り、私は仙台市出身です。
正確に言えば、生まれは東京。親の転勤で4歳で仙台に引越し、
そこから幼稚園、小学校、中学校、そして高校生活を仙台で
すごしました。現在、親はまた転勤で仙台を離れてしまったため、
仙台に実家があるワケではないのですが、やはり心のふるさとは、
『仙台』なのです。

仙台に居た時から、『近いうちに大きな地震がくる。いつ起こってもおかしくない。』と
言われ続けていました。宮城県沖地震から周期的に考えて、もう明日にでも
来てもおかしくないと。

だから地震の一方が入った時、『ついに来ちまったか・・』と。
けど、まさかココまで・・・。ココまでヒドイ状況になるとは思っても見ませんでした。
会社でTVの緊急速報に張り付いて見ていて、気仙沼や釜石に凄い津波が押し寄せる
衝撃的な映像。10m越えの大津波警報。
「こりゃ仙台もヤバイな・・」
間違いなく、仙台空港は浸かる。海の近くに集落は壊滅する。しかもあそこは完全に
平野だから高台がない。高い建物も確かない。逃げ場がない・・。
たくさんの工場や石油コンビナートがある仙台港もダメだろう。
塩釜も松島も馴染みがあるエリアも・・・
私の知っている場所が、風景が、一体どうなってしまうのか・・・予想すらできなかった。


その後、入ってきた数々のニュース、映像、写真。
私の予想は、残念ながら当たっていました。
しかもそれは、想像を絶するほどの壊滅的な状況でした。
高校の時、男ばっかでチャリを飛ばして、海まで走ったあの道も
海の近くのあの街も、今はガレキの山。思い出まで消し去ってしまったような。
そんな気がした。


そして一番してたのは家族の安否。
まず、姉貴の家族が仙台市太白区に在住。
海から遠いので津波の心配はないものの、連絡が取れず。
しかしその後、何とかメールが通じて、家族全員の無事を確認。
元気そうだが、電気、ガス、水道全て止ってる。
食料に困っているらしい・・。とりあえず近くの魚屋でつまみみたいのを
入手して食いつなぐ。
夜は寒いだろうに・・・余震は怖いだろうに・・・暗闇の中で夜明けを待つのは
いったいどんな気持ちなんだろうか。

そして祖父と祖母。小さな頃から大好きなじいちゃん、おばあちゃん。
こちらは宮城県北部の大崎市在住。
同じく内陸部で津波の心配はないが、何しろすごい田舎。
お年寄りの二人暮らし。家も古い木造平屋。
家が倒壊していないだろうか。あの時間は昼寝してただろうから、
あのタンスの下敷きにはなってないだろうか・・・。

こちらは電話がつながらない。安否の確認ができない。。
とりあえず、今のところ死亡者の名簿には載っていない。大丈夫か・・・。

またそれ以外にも学校の友だちが大勢いる。
壊滅的なダメージを受けた海の近くの港町にも友だちの家がある。
誰とも連絡がつかず、イラつく。

これまで起きた阪神淡路大震災、中越地震、その他海外の地震や大津波。
本当のところ、実はピンと来てなかった。実感もなかった。
ただ「ひどいなぁ、かわいそうに・・」
けど、今回は違った。自分の家族が、自分の知っている街が、そこに住む友達が、
被害に遭ってしまった。
昨日からニュースを見続けているけど、気分は沈むばかり。
自分にできることはないのか??
迫り来る津波を目の当たりにした人の恐怖は・・・死を覚悟したその気持ちは・・・
そして命を落とした人の無念は・・・
いろいろな思いが頭の中を今も駆け巡っています。


とにかく祈る。無事であって欲しい。
今できることは、それくらいしかない。。


(とりとめのない長文、最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。)

一世
スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。